「それは、ここが美しいところだから」とロシアからバリ島に来た美女は言った

バリ島

トヤブンカの宿は、一応予約してはいたが、田舎のゲストハウスだからどうってことのない殺風景な宿だろうと勝手に想像していた。けれども、出迎えてくれたのは線の細い美人のロシア女性の姉妹で、案内されたビラは旅人好みの明るく清潔な建物だった。

彼女たちは大変清潔好きで、ぼくと話しながらも床を掃除したり、虫が入らないように窓を閉めたり、仕事熱心だった。自分が建てたビラがいとおしくて仕方がない気持ちがひしひしと伝わってくる。おかげでトヤブンカの滞在は快適だった。

それにしても不思議なのは、彼女たちはなぜこうも殺風景なトヤブンカでゲストハウスを経営しているのだろう? ふつう、バリ島に住む外国人は、文化の香りがするウブドか、洗練されたスミニャックか、いずれにせよツーリスティックな地域を好むものだ。しかし昨日も書いたようにバトゥール山周辺は「家を建ててくれても住まない」「ただでもこの土地はいらない」とバリ人に言われるほど荒涼とした土地だ。美人のロシア姉妹に相応しくないではないか。

埃っぽいバトゥール山頂からふもとのビラに戻って、なおもそれが気になったぼくは「どうしてここに住んでいるのですか」とロシア人の姉に聞いてみた。

彼女はロシアの北方の町の出身で、生まれ故郷の短い夏が大好きなのだそうだ。そしてトヤブンカは、昼は暑いけれども夜は寒くてロシアの夏と同じ気候なので気持ちがいいという。ウブドやシガラジャへも行ったけれど暑くて一週間したらイヤになってしまった。「そんな私たちはここが好き。」そして「ここが美しいところだから」とはにかんだような笑顔で話を締めくくった。

何ということだろう。
このロシア人はここを美しいところだと信じているのだ。ああ、彼女の澄んだ目にこの荒れ野はどう見えているのだろう?

不覚にもぼくは先入観を持ってここに来たものだから、この荒れた土地を軽んじていた。だってみんながここはつまんないところだと言っているんだもん。でも、そうではなかったのだ。トヤブンカに美を感じて、ここで人生を有意義なものにするために一所懸命に生きている姉妹がいる。彼女にはぼくには見えないものが見えているのだ。

今日ぼくがもっとも美しいと感じたのは、霧のなかから現れる朝日でもなく、見事なライステラスでもなく、トヤブンカに住むロシア人の心なのだった。

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Posted by ariga masahiro