旅行者を狙う巧妙な置き引きに狙われるも、全財産を盗まれる寸前に防いだ話
もっとも確実なスリ対策は、いつも周囲に気を配ることだ。
ということを知っていても、旅行中にいつも回りを気にしてキョロキョロすることはできない。それでは気疲れしてしまって楽しくない。ただでさえ海外旅行中は疲れが蓄積して、注意力も判断力も鈍りやすいのに。
だいたいアクシデントは、疲れて注意力が散漫になるときに起きるものだ。
その朝、ぼくとライターさんの2人は、国際夜行列車でマドリードのチャマルティン駅に到着した。乗り換えの近郊列車の発車時刻までしばらく時間があるため、駅前のベンチに2人並んで腰掛けて待つことにした。スーツケース・カメラバッグ・貴重品入れはぼくと彼女の間に挟んで置いた。
眠気覚ましにコーヒーを飲みたいな、ぼんやりそう考えているときに、若い男性が「地下鉄はどこですか」とぼくらに尋ねてきた。彼は、僕からみて左に立ち、落ち着いた色合いのジャケットを着た感じのいい青年だった。
ぼくは「あっちの方」と駅構内を指さしたが、彼は要領を得ない顔をしていた。
その様子をみて、ぼくの右側に座っていたライターさんが立ち上がって地下鉄路線図を取り出し、彼に近寄って親切に説明し始めた。「ああ行って、こう行って…」と彼女が丁寧に説明している様子を眺めていた、その時、突然ぼくの心臓が高鳴った。
それはそれは、ものすごーく大きな音で「ドキン」と心臓が鳴ったのだ。
そして次の瞬間、ぼくは右へ振り向いた。
貴重品が盗まれる瞬間
その時、白いシャツを着た男がまさに貴重品袋に手を掛ける瞬間だった。
袋の中にはライターさんのパスポート・クレジットカード・現金など全財産が入っている。ぼくと男の目が合った。そいつはほんの一瞬たじろぎ、それからゆっくりと手を引っ込めてから、ぼくに「ハロー」と言うや、きびすをかえして駅構内へ去って行った。
それからぼくは左を向いた。
ライターさんに地下鉄の場所を聞いていた青年もまた、やはり駅構内へと入っていくところだった。
何があったか、全く気がつかなかったライターに事の次第を説明してから、ぼくも駅構内に入った。すると、くだんの男たちが2人並んで歩いているではないか。間違いない、2人はグルだった。
ぼくは、ジャケットの青年に「地下鉄の改札はそっちじゃなくてあっちだよ」と指さしたが、彼はつまらなそうな顔をして黙って別の方向へ歩いていった。
あのとき、どうしてぼくの心臓が高鳴って右へ振り向いたのか、ぼくには分からない。
ぼくは寝ぼけてぼんやりしていたけれど、無意識に周辺に注意を払っていたのかもしれない。あるいは、神仏が護ってくれたのかもしれない。あとたったの2秒遅かったら、貴重品は消えていた。そうなったら旅は続けられないところだった。
こうした危機一髪の体験を幾度かして、ぼくは、自分が旅が続けられるのは人知を越えるなにかに守っていただいてのことだと気がついた。危機を通してしか気づくことができないことがあるが、今回の件がそれだ。旅は、神仏のご加護によって楽しく続けることが出来るのだ。
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