GoToで聖地旅行 東京から上高地へ一泊旅行してきたよ
みんな、「アルプス一万尺」という童謡(?)を知ってるよね。あれはスイスアルプスの歌だと思っている人が多いだろうけど、日本アルプスのことなんだよ。穂高連峰主峰の穂高岳が標高3190mでちょうど一万尺なのだ。
実はぼくはそれを今回知った。これまでずっとスイス民謡だと思っていた(汗)。スイスアルプスなら1.5万尺だからヘンだなとも思っていたんだけど、適当に数字をまるめて歌ってるんだろうと気にしてなかった。
それはともかく、穂高に祀られる穂高見神は神武天皇の伯父神にあたり、上高地は古くは神降地ともよばれた聖地。日本有数のパワースポットへGoToで一泊旅行に行ってきた。
サンクチュアリの湖畔に泊まる
10月5日早朝に自宅から車で出発したんだけど、その直前まで秋雨前線で長雨だったから天気が心配だった。雨だと気分が盛りあがらないよね。
上高地に着いたのはお昼ごろで、まだどんよりしていて、写真もさえない感じ。
上高地は標高1500m。気温は東京なら12月中旬に相当する。本日の日中最高気温は15度、最低気温は2度だ。朝晩はかなり冷え込む。
でも雨に降られなくてよかった。大正池ホテルに部屋をとって、初日はこの辺を散歩して過ごした。上高地のホテルのなかでここはわりとお安い感じ。
シーズンオフ料金で宿泊費1万5千円(朝夕食込)のところ、GoToで1万円になったし、さらに食事に使える共通クーポン2千円分もついて実質8千円で泊まれたので大変オトクだった。日本政府ありがとう。
上高地は自然保護のためにマイカー規制がされ、自分の車で乗り入れることができない。車は約15km離れた沢渡駐車場に停めて、乗り合いバスで上高地へ入るのだ。
運賃は往復切符が2300円もする。観光客がどれほど多くても乗りそこねることがないように時刻表に載ってないバスも随時発車するみたいで、きめこまかい運営体制が料金に反映されているようだ。ぼくが乗ったのも時刻表にないバスだった。
上高地にはいって最初のバス停は大正池ホテル前にある。
ホテル前からバスで河童橋へ
一夜明けて、アサイチのバスが到着したら結構な人数が降りてきた。ここでバスを降りて梓川沿いに明神池まで歩く人が多い。
彼らと入れ替わりにぼくはバスに乗って、終点の上高地シャトルバスセンターへ。帰りはここからバスに乗るので宿泊荷物を預け、散策に必要なもの(ほとんど無い)とカメラだけを持って身軽に上高地を歩きはじめた。まずは河童橋へ徒歩5分。
河童橋から見た梓川と穂高の撮影はテッパン。
それにしてもこの人たちは防寒マットまで持ってしっかりした装備をしているね。これから日本アルプスへ登る人たちがすごくたくさんいた。そして女子が多かった。今どきは山女ではなく山ガール。
河童橋の景色のライブ放映。夜は照明がなくまっくらで何も見えない。
河童橋のたもとに「上高地のおいしい水」が汲める蛇口がある。持参したペットボトルに水を補給しよう。自宅に持ち帰ってお茶をいれてもいいね。
ライブ映像で分かるように、テントを持った登山者もいるけど、ぼくのように明神池への散歩に来てる人は軽装だし、人によってはシブヤを歩く服装そのままのジャケットとベタ靴で来ていて、河童橋付近はいろんな服装の人たちが往来しております。
この記事と同じ道を歩くだけならシブヤと同じ服装で構わない。ただし靴は滑りにくいものを選ぶこと。ソールが減ってないスニーカーでOK。
河童橋から明神池へ
河童橋から奥へ、明神池までは約3.8km。
まずは、歩く人がやや少ない右岸を歩くことにした。
猿も一緒に歩いている。
河童橋から明神池へは、梓川の両岸に道が設けられている。道幅が広い左岸を歩く人のほうが多いようだ。どちらを歩いても明神池への所要時間はほぼ同じ、グーグルマップには約3.5kmで45分程度で到着すると表示されているが、ぼくはその倍の1時間半以上かかった。
自然の様子を観察したり、写真を撮ったりしていたら、何時間でもかかってしまう。
穂高神社奥宮を参拝
明神池の前にある鳥居には菊のご紋がついていた。
ここは穂高神社奥宮。明神池は、その名の通り神が現れる池。
なんということだろう。ぼくが奥宮の池のほとりに着いたその瞬間、雲が晴れ、周囲の山々と池のすべてに陽の光があたった。それまでの薄暗い森が一転して、明るく輝く森となった。
鳥居の向こう、正面にそびえるのが明神岳。標高2931m。
明神岳とは、前穂高岳から南に延びる5つのピーク群の総称だが、国土地理院の地図に「明神岳」と記されているのはこの写真に写っている、鳥居の向こうにそびえるピーク。
神武天皇の伯父神にあたる穂高見神が降臨したのは5つのうちどのピークだろう? と思って案内書をみたら、嶺宮は更にその奥の、奥穂高岳にあるとのことだった。
そもそも神話は日本建国以前の話を伝えているから記述があいまいで、よく分からないところがある。
ともあれここは皇祖降臨の地であるから日本国民は厳かに頂を拝さなければならないなどと思いながらぼくはシャッターを切ったのだけど、持ってきたズームレンズが換算24mmなんで構図がキツキツで空が十分に入らない。
もうちょっと広角レンズがほしかったなーせめて21mmクラスのレンズ、ライカ表示のついてるよく写るヤツ、などと無駄に思案しながら撮影してあまり厳かではなかったかもしれません。申し訳ないです、神さま。
その後も祈念していたら、ぼくにとって写真は天職なので機材や構図について考えることは厳かな祈りを深めるのと同じことだと神々が教えてくださったので安堵した。
なお、穂高神社の本宮は、山を降りた平野の安曇野市にある。このあたりは本州で最後まで縄文文化が残った地域。2000年以上前に青森まで弥生化した後も、信州だけには縄文王国が栄えていたのだ。それだけに神話と歴史との関係が興味深い。
穂高神社奥宮でイワナ定食
奥宮の参道に嘉門次小屋という食堂があって、定食やそばが食べられる。名物イワナを頼む人も多いようだ。イワナは明神池に通じる水の生け簀にたくさん泳いでいた。
嘉門次小屋は、もともとは明治13年に猟師の嘉門次が建てた猟小屋が、のちに食堂になったのだそうだ。イワナは、当時と同じように囲炉裏の火で焼かれて客に供される。
ランチは明神館で
しかし、嘉門次小屋は地域共通クーポンが使えないという現実的な理由で、今回はここで食事をとることはしなかった。それに、昨晩のホテルの夕食でイワナをいただいたし。
梓川を渡った左岸に、山荘、明神館があるから今日はそっちでランチをすることにした。こちらは地域共通クーポンが使える。頼んだのは「明神カレー」。厳かな名前がついているがフツーのカレーであった。
明神館は昭和初期のきこり小屋がもとで、のちに旅館に発展したそうだ。明神館の前には「穂高奥宮参道」と記された大きな木碑が建っている。もしかしてこちらから参るのが古くからのルートなのだろうか。
明神カレーを食べて、きびすを返して河童橋方向へ戻ることにする。
穂高登山からもどってきた人、これからいく人たちとすれ違う。陽光が差し込む道が気持ちいい。
河童橋からみた、晴れ渡る穂高連峰。右はさっき間近に見た明神岳。
河童橋ほとりの五千尺ロッジにはテラス席があって、ここで信州名物アップルパイとコーヒーを頼んで一休み。この店のアップルパイはとくに有名らしく、テイクアウェイ用のまるごとのは本日分は売り切れだった。人気があるようだね。
そして徒歩5分の上高地シャトルバスセンターへ。またしても時刻表に載っていないバスに乗って沢渡駐車場へ向かった。楽しくも清浄な旅であった。
アルプス一万尺の謎の歌詞
ところでアルプス一万尺の歌詞である。
① アルプス一万尺 小槍の上で アルペン踊りを 踊りましょ
「こやり」が何なのかぼくには謎だったのだが、日本アルプスの槍ケ岳にある小さな頂のことだと今回知った。槍ケ岳の小さな頂だから「小槍」というのだ。
「子ヤギ」だと思っている人もけっこういるみたいだけど、子ヤギの上でみんなで踊ったら子ヤギは死んでしまうだろう。
「アルペン踊り」も謎の躍りで、どんな踊りなのかを知っている人は誰もいない。
「アルプス一万尺」は童謡でもスイス民謡でもなかった。歌詞はむかしの山男のざれ歌だった。曲の由来はアメリカの独立戦争時代の愛国歌"ヤンキードゥードゥル"で、アメリカ人ならこのおちゃめな曲をみんな知ってるらしい。
ただしこちらも元々のルーツはヨーロッパの民謡らしいが正確には不明とのこと。不明ばかりで、神話の地にふさわしいかも。
「アルプス一万尺」の歌詞は続きがあって、
㉔ 槍はムコ殿 穂高はヨメご 中でリンキの 焼が岳
穂高岳は嫁なんだそうだ。うちの老母も「穂高岳は嫁かもねえ」と言ってたから、登頂経験のある人はそんなふうに感じるのかも。ぼくは登ったことがないから知らない。リンキって何かな?
㉘ 名残つきない 大正池 またも見返す 穂高岳
「アルプス一万尺」の最後のほうは、ぼくの気持ちにぴったりの歌詞だった。ああまさしく、神聖な穂高を見返しながら家路についたのだった。
諏訪湖を眺めながら家路に
帰りの中央高速道路の諏訪サービスステーションに寄って、諏訪湖を眺めた。
縄文時代の人々も、神話時代の人々も、諏訪湖を眺めていたのだろうな…
東京に戻ったら、Tシャツと短パンでジョギングしている人がいた。暖かいというのはいいことだな。翌日からは台風14号の影響で雨の日が続いた。穂高に登る人々は神々の座からの眺望を楽しむことができたろうか。
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