もうひとつのオリンピック、Nikon vs Canon世界最高カメラ決戦
オリンピックでは、スポーツマンたちの戦いとは別に、もうひとつの頂上決戦が毎回繰り広げられている。言わずと知れたニコン対キヤノンのカメラのシェア争いだ。
「プロのカメラはニコン」だった20世紀後半
1950年代まで、オリンピックでプロが使用するカメラはほとんどがドイツ製レンジファインダーのカメラだった。
精密機器といえばドイツ製の時代だ。レンジファインダーの技術でドイツ製品に太刀打ちできなかったニコンは、新たに一眼レフカメラの開発を進めることにした。
1959年に一眼レフカメラNikon F が発売されると「フィルムに写る範囲がそのままファインダーで見える」という便利さから怒濤の勢いで世界中のプロカメラマンがライカからニコンに移行してきた。レンジファインダー機を使ったことがあれば、望遠レンズの見え方が革命的だったことを理解できるだろう。Nikonによって『一眼レフの時代』が始まった。
1964年の東京オリンピックの時に Nikon F がプロの使用率ほぼ100%を勝ち取って以降、プロユーザーには長い間ニコンのみが使用されていた。
この時代のキヤノンはアマチュア向けと見なされてプロカメラマンには相手にされていなかった。特にスポーツカメラマンには眼中の外。一応ラインナップしている超望遠レンズを装着するとミラー切れがおきるボディーしか作っていなかったからだ。キヤノンは「売れるカメラ」しか作らないメーカーなので小さなプロマーケットを軽視していたのだ。
報道用一眼レフカメラといえばニコンしかない時代が、東京オリンピックから30年に渡って続いた。
20世紀末〜21世紀初頭はキヤノン優位に
やがて、キヤノンもプロ市場に対応したカメラCanon F-1をリリースした。「プロが使う優れたカメラをアマチュアが倣って買う」というカメラ界の構造に気がついたのだ。ブランド力が弱かった1970年代は、かけだしで経済力が無い若手カメラマンに高額機材のCanon F-1とレンズをセットにしてほとんど無料で配るという思いきった手段をとって徐々に若手プロをとりこんでいった。
クライアントから「ニコンでなくて大丈夫なんですか」と言われても、ニコンを買えない若者はキヤノンを使うしかない。当時の撮影機材は今よりずっと高価だったからこの作戦は成功を収めた。そして「若者はキヤノンを使う」というイメージをつくりだすという思いがけない効果もあった。
このようなことを書くと「ソースを出せ」と絡んでくる人がいるが、ぼくがキヤノンユーザーの先輩たちから「キヤノンからカメラをもらったよ」と直接聞いた話だ。1970年代に20代後半だったプロカメラマンならここに書いてあることは皆知っているから聞いてみるといい。
キヤノンはコマーシャルに力を入れ、テレビカメラに写りやすいスポーツ分野を重視した。ロスアンゼルス・オリンピックの公式カメラになることで一般ユーザーのイメージは高められていった。しかし1988年のソウルオリンピックの頃はまだプロはニコンユーザーの方がずっと多かった。
ニコンの独壇場が完全に破られたのは、1990年代のオートフォーカス時代になってから。当時キヤノンはT80というAFカメラを自信満々で発売したら、他メーカーに比べてAF技術が著しく立ち後れていたことが明らかになり大恥をかいてしまった。失地回復のために従来のFDマウントに見切りをつけて、レンズを超音波モーター駆動にした新型EFマウントを毎晩徹夜で開発した。1987年に従来ユーザーを切ってEOSシステムを発売したことで、一転して注目を集めた。
一方ニコンは従来ユーザーを大切にしてマウントを変更せずにAF化を進めて強い支持を得たが、それがいつの間にか足かせになっていった。それにこの時代のニコンは縦割りの弊害で社内の方向性がバラバラだったことからカメラのラインナップに魅力が乏しくて、徐々にフォトグラファーがニコンからキヤノンへと移っていった。
F5の登場でニコンが優位に
超音波モーターによるAF駆動が好評で、1996年夏のアトランタオリンピックではキヤノンが圧倒的に優位に立った。しかし同年秋にニコンが8コマ/秒の驚愕的な高速連写ができるF5を発売すると、キヤノンへの移動は止まった。F5はAF性能も優れており、スポーツ写真でのシャッターチャンスに強かった。
当時はフィルム時代。シャッターの動作の間にフィルム給送/停止の物理的動作が入るため、最高級機でも5.5コマ/秒の連写が最速だった。この限界をやすやすと破ったのはニコンが「伝統のFマウント」を採用していたからだ。
ニコンの「レガシーな」Fマウントには、コイルスプリング式の機械式絞り機構がシャッター動作後の復帰パワーが強いというメリットがあり、絞り羽根を高速で動かすことができた。21世紀の現代でも軍用自動小銃の連射機能はコイルスプリングでボルトを高速に動かしているから、実はアナログな方法のほうが高速かつ確実に動作するのだ。足かせだと思われていたものが、一転して有利なスペックになった。
一方、キヤノンがマウント変更時に採用した「先進的な」電子制御式EFマウントは、電力のパワーの限界から小絞り時に連動が遅くなるという弱点があった。
5.5コマと8コマの差は大きい。その後、EOS-1は2度のモデルチェンジ後にカタログ値の連写速度がニコンを超えたが、それは絞りが開放に設定されているときのことで、小絞り時にはニコンより遅いという欠点は変わることはなかった。この事実はカタログにも記されず、実際にEOS-1を使った人でなければ分からないため、一般には知られていない。また、時代はデジタル化に向けて進み始めており、フィルムカメラのEOS-1シリーズがカタログ上で連写速度向上を果たしても評価されることはなかった。
デジタル化でキヤノンが優位に
一眼レフカメラのデジタル化の先陣を切ったのは、1999年に発売されたNikon D1。それまで200万円もしていた(にもかかわらず動作が非常に遅くて好事家しか購入しなかった)デジタル一眼レフを、一気に65万円の低価格で発売して大好評を博し「デジタル一眼レフならニコン」という評価が数年間続いた。一眼レフの時代も、デジタル一眼レフの時代も、ニコンが切り開いているのだ。
圧倒的なニコン優位だったデジタル一眼レフ市場に転機が訪れたのは2002年。
当時はニコンもキヤノンもフルサイズセンサーを自社開発できなかったが、キヤノンはパナソニックからフルサイズセンサーを調達してCanon EOS-1Dsを発売、大好評を博し、画質がよいことからあっという間に多くのプロがニコンからキヤノンへ移行していった。この頃のニコンは「当面の間デジタルカメラはAPS-Cセンサーで十分」としてフルサイズセンサーを開発していなかった。経営判断でそうしていたのが、ユーザーから技術力がないと受けとられてしまうニコン痛切の判断ミスであった。
スポーツカメラマンには、フルサイズより一回り小さいAPS-Hセンサーを搭載したCanon EOS-1Dが望遠に強いと好まれて、短期間のうちにニコンとキヤノンの使用率は逆転してしまい、2004年のアテネオリンピック会場ではニコン1対キヤノン9まで差は開いてしまった。この頃になるとフルサイズセンサーを自前で調達できるようになったキヤノンがひとり勝ちしていて、怒濤の勢いにもうニコンは永遠にキヤノンに追いつけないかも、と思ったものだった。
ふたたびニコンを手にしたプロたち
「プロが使うカメラはキヤノン、特にスポーツカメラマンはキヤノン」になっていた2007年11月、突然、桁外れな高感度性能を誇るフルサイズセンサーを搭載したデジタル一眼レフ Nikon D3が発売されると、カメラ界に天地がひっくり返るほどの激震が走り、プロユーザーのキヤノンからニコンへの逆流が始まった。
Nikon D3発売から9ヶ月後の北京オリンピック会場では早くもニコン4対キヤノン6程度まで割合が変化した。キヤノンが20年かけてニコンから奪ったプロフェッショナルユーザーたちの半分近くが半年のうちにニコンに移動してしまった。いかにD3が凄いカメラだったかが知れよう。
D3が発売されるまでは自身を王者と認識していたキヤノンは危機感を抱いた。2012年のロンドンオリンピック前には、連写機能優先APS-HセンサーのEOS-1DとフルサイズセンサーのEOS-1Dsの2系統に分かれていた最高級機を1系統に統合して、EOS-1DXを発売した。明らかにD3を意識した更新だった。それに対してニコンはD3をブラッシュアップしたD4を発売して迎え撃った。
「もうひとつの頂上決戦」はどちらが勝者となったろうか。
2012年、ロンドンオリンピックの勝利者は
2012年8月8日の朝日新聞デジタルによると『ニコンの伊藤純一副社長は8日、決算発表の会見で「ロンドンでは6対4でニコンが逆転した。会場によっては7対3だった」と話した。』それに対してキヤノンは『同日、広報が「我々が優勢だ」とコメントし、ニコンが公表した内容に真っ向から反発した。』とのことで、両者は互いに自社の優位を主張している。
記事をよく読むと、ニコン側は具体的な数字を挙げているのに対して、キヤノン側は「我々が優勢だ」とイメージを主張してるだけであり、どちらかというとニコンの主張に説得力を感じる。
また、同日の読売オンラインによれば『今回は「キヤノンがやや優勢との見方もあるが、ほぼ拮抗している」(業界関係者)。』だそうだ。ただし同ページに掲載されている報道席の写真を見るとどう見てもニコン使用者の方が多い。写真と本文がチグハグだ。
ところで、ニコンもキヤノンも現場でプロユーザーの数を数えているそうだ。それをなぜ各新聞社もしないのだろうか。毎回記事として取り上げている話題だし、記者を現場に配置しているのだから、フォトグラファー席の全体写真を撮って黒と白(ニコンレンズとキヤノンレンズ)を数えて発表すればよいのではないか。
肝心の所をボカした記事は政治や原発関連でよく見かけるが、報道に求められるのは各陣営の「大本営発表」をそのまま伝えることではなく、第三者の視点から見た現場の様子を世間に伝えることだろう。
ま、いちいち白黒つけるほどのものでもないのかも、ね。
2016年、リオ オリンピックでは
<2016年8月追記>リオ オリンピックでは、Nikon D5対Canon EOS-1DX MarkIIの戦いとなった。どちらが優位かみな興味津々。カメラ好きは競技トラックよりも報道席を注目している。
ちなみにリオ オリンピックの公式カメラもまたキヤノン。公式カメラとは、大会の公式記録に使われるカメラのこと。これはキヤノンがオリンピック委員会に高額な使用料を払って五輪ロゴの独占使用権を得たということで、カメラの性能とは無関係。会場で売られているソフトドリンクはコカコーラ社製品のみとか、使えるクレジットカードはVISAのみでマスターもJCBも使えないとかと同じ商業上の制限である。他メーカーは会場の外でもオリンピックの商標を使うことは一切できない。
五輪マークどころか、SNSで「オリンピック」という言葉をツィットすることもできないほどブランド管理は厳しいそうだ。
というわけで報道カメラマンが使う機材は、公式カメラとは関係がない。カメラマンは純粋に性能で機材を選んでいる(あと予算とね)。 とくにフリーランスのフォトグラファーはふところ具合がアレなんで費用対効果をチェックする視線も厳しい。
さて、今回のリオ オリンピックでも、ニコンとキヤノンの両メーカー共に勝利宣言をした。 このツィッターの写真をみると34対30で微妙にキヤノン使用者の方が多いけれど。
リオ五輪、競泳会場のフォトグラファーです。ここに入るには客席と同様にチケットが必要で、撮影できるフォトグラファーの数が制限されます。ADカードがあるからといって皆が入れる撮影場所ではありません。 #リオ #競泳 pic.twitter.com/taAGit97j4
— 東京新聞←2㍍→写真部 (@tokyoshashinbu) August 8, 2016
高感度の性能はニコンの方が高いから屋内競技ではニコンが好まれるなど、競技によって強いメーカーが偏るから一枚の写真だけではなんともいえない。全種目を通すと五分五分というか、戦線はほぼ膠着状態になっているようにも見えた。
というのは、すでに両社ともにカメラの性能がものすごく高くなり、性能の差が文字通りオリンピックの頂点レベルの僅差になってしまった。ニコンとキヤノンのどちらを使ってもほとんどの撮影に十分に対応できるようになったのだ。どちらかが何らかの機能でより高性能だったとしても、総合的にはほぼ同等なので、わざわざ費用をかけて乗り換えるカメラマンが少なくなってしまったようだ。
リオ オリンピックで現地のキヤノンユーザーのフリーランスフォトグラファーがメディアから「なぜキヤノンを使っているのですか?」と質問されて「古女房と同じで、いい女が現れたからといって簡単に乗り換えられない」と答えていたのが印象的だった。
2020年は再び東京オリンピック
前回1964年の東京オリンピックはニコン使用者がほぼ100%だった。ニコンはライバル不在だった。が、2020年はどうなっているだろうか。
もしかしたらソニーがミラーレスカメラで食い込んでくるかもね。ソニーは2018年の平昌冬季オリンピックで、会場近くにプロサービスを出店していたから、どうやら本気のようだ。プロを本気でサポートするならプロサービスの出店は欠かせない。実はオリンパスのプロサービスもリオに行っていた。「本気でやってる」ことをアピールしている。
というわけで、東京オリンピックのバトルがどうなるか、今から楽しみだ。
2021年、カメラ界は三国志になったのか?
<2021年7月追記>2016年からの5年間で写真界もカメラ界も激変した。ミラーレスカメラを使うプロカメラマンが増えた。かくいうぼくも一眼レフは使わなくなってミラーレスカメラのみで撮影している。ではスポーツ写真界はどうか?
2021年開催の東京オリンピックではプロが使うカメラにソニーのミラーレスカメラが加わった。前回はほぼゼロだったからものすごい勢いだといえる。SONY α9の登場による効果だろうか。赤がソニー、緑がニコン、黄がキヤノン。カメラ界は三国志になっていた….まさかニコン・キヤノン製品以外にプロが使うカメラが現れるとはなあ。
The last Olympics were all about Canon and Nikon… but recently, there has been a huge increase in the number of SONY cameras!
Red for SONY, yellow for Canon, and green for Nikon📷 pic.twitter.com/JXq9G6Zu20
— Taichi🌿 (@ta1k_jp) July 24, 2021
前述したように、競技によってカメラマンが選ぶカメラは異なるし、切り取り方によってあるメーカーが多い写真を撮ることはできるから、1枚の写真だけを見ても全体の様子はわからない。例えばキヤノンがプレスリリース用に配布している次の写真を見るとほとんど全員がキヤノンの一眼レフを使っているではないか。
実際には全体をとおすとソニー1:ニコン4:キヤノン5くらいかな。シャッターチャンスが一瞬しかないスポーツ写真界では実績があり確実な一眼レフが主に選ばれている。水泳の2日目の写真を見てもだいたいそんなものだろう。たぶん。
関連記事
ディスカッション
コメント一覧
まだ、コメントがありません